岸辺 正雀 ショットバーレインフォレスト
常念岳

僕にとっては12年ぶりの登山でした。

テントを装備しての本格的な山登りです。

メンバーは僕の両親に僕と弟。そして僕ら兄弟のそれぞれの彼女の計6人。

目指すは北アルプス常念岳山頂。

標高2857メートル。日本百名山にも名を連ねる由緒ある山です。


父が連れて行ってくれる登山は決して急ぎません。

ゆっくりと、一歩一歩、歩を進めるのです。

だから急激に疲れることはないのです。

初めから張り切ってしまうと標高が高いだけに高山病にもなりかねません。

だからベテランの父の登山は、最初から最後までゆっくり歩くのです。

僕は12年前もそれを知って、ピタリと父の後を着いて歩いたものです。

とはいっても登山は登山です。

さすがに途中からは疲れも出始めます。

平坦な道でも6時間歩けば疲れます。

それを、坂道、しかも山道です。

岩が有り、木で作られた段差を登らなければいけません。

それが休憩も入れて6時間続くのです。

平坦な道はほとんどありません。

常に山道をひたすら登って行くのです。

更にそれぞれがズシリとくる荷物を背負っています。

自分の足元以外はほとんど目に入りません。

ひたすら、一歩一歩なのです。

僕は人生の目標達成もこんなものかなと思いました。

例えば顔を上げて目標である頂上を見ながら歩いたとします。

しかし、頂上は遥か彼方に小さく見えるだけです。

どう考えてもたどり着きそうにありません。

しかし、足元を見て、一歩一歩止まらずに歩いていると、

いつかは目的地に必ず着くのです。

目的地のない登山はありえません。

ただ、ゴールをずっと見ながら行くのは精神的に疲れるものです。

諦めたくなるくらい目標物は近づいてきません。

だから足元を見て、一歩一歩、諦めずに、なのです。

今回の登山でも、重い荷物で肩が痛くなり、足も上がらなくなりました。

気分的にはもう限界でした。

それでも止まらず足を前に出し続けたのです。

僕の前を歩いていた5人のメンバーも同じくらい疲れていたはずです。

更に追い討ちをかけるように出てくる、あと何メートルの標識。

その標識の数字がいくらも減っていないのです。

もう嫌やと思ったと思います。

それでも進むしかありません。

休憩のあとに地面から持ち上げるザックが肩にめり込みます。

そんな休憩を何度かこなし、いよいよ目的地が見えてきました。

ただ見えてきた目的地は決して近くはありませんでした。

もう一度目線を足元に落とし、一歩一歩黙って進みます。

前で彼女がつまづき、こけそうになりました。

もう限界かな。

そう思った時、その日の目的地、テント場に到着しました。


それだけ辛い思いをした後には、最高のご褒美が待っていました。

テント場からは次の日に目指す頂上が見えます。

目の前にそびえ立つ常念岳。

太陽に照らされたその山は、どっしりと立派に、

そして美しく綺麗に輝いていたのです。

それを目の当たりにした時、僕の疲れは一気に吹き飛びました。

テントを張る皆の動きも活き活きしていました。

ビールが美味しかったのは言うまでもなく、

晩飯に食べたインスタントのカレーも缶詰も何もかも美味しかったのです。


登山はひたすらしんどいイメージになってしまったかも知れませんが、

僕にとってはそんなことはありませんでした。

電線など一本もない山の中をひたすら歩く行為は、

最高の森林浴になり、考え事をするにはまさにうってつけなのです。

考え方もマイナスになりません。

常にプラス思考が頭で働くのです。

それは本当に楽しい行為でした。

どこに足を出そうかと考えながら、同時に飛び出す楽しい思考。

今回の登山は僕にとっては、一歩一歩が楽しい思い出になりました。


東京に住む弟から父へのメールです。

「この時期に東京では味わえない貴重な体験ができたことは本当に嬉しいことです。」

弟はきっと今大変な時なのだと思います。

そんな弟にとってもすばらしい登山になったことだと思います。


今回の旅を計画してくれた父に感謝し、

楽しい旅にしようとそれぞれが奮闘してくれた今回のメンバー全員に感謝します。


「あわてず、あせらず、あきらめず−父」