プーケットマラソン(長文)。
2013年06月14日(金)
予定時間の4時半ちょうどにスタートしないのがタイらしさでした。

スピーチをする人が遅れて来ていたのです。

2週間前から続く緊張がいよいよピークを迎えました。

スタート直前のこの瞬間に、この緊張感もまたいいと感じました。

普段の生活では考えられないような経験をすることに、すこし興奮しているようでした。

「緊張を楽しむ」

そんなカッコいいことを言っていたあるアスリート気持ちが、

ほんの2ミリほど分かったような気がしました。

予定時間を15分ほど過ぎ、いよいよフルマラソンがスタートしました。

湿気はありますが不快なほどではありません。

周りのランナーに流されないように、自分のペースで行こう。

「ゆっくり、ゆっくり」

これが最初の作戦です。

1km、8分を切るくらいの、スローペースです。

僕の周りもそれくらいのペースで流れていました。

気になるのは足元です。

暗闇の中なのでハッキリと見えません。

真っ直ぐ前を向いて走るのが正しいフォームなのにすっかり下を向いて走っていました。

これが後に響いてきます。

10kmを過ぎても、まったく息が上がっていませんでした。

足の調子もいい。

ここが肝心です。

「抑えて、抑えて、弾まないように」

10km辺りからのランナーズハイに注意です。

ここで、飛ばしてしまわないようにします。

「20kmまではウォーミングアップのつもりで」

これが次の作戦です。

「少しでもダッシュしてしまうと、あとになって足にくる」

と、聞いていました。

抑えることもまた、フルマラソンなのです。

本格的にランニングの練習をしたのは、3月から5月の3ヶ月。

汗もそんなにかかない、涼しい時期でした。

プーケットは夜中の5時でも走れば汗が出ます。

初めから全ての給水所で水を取りました。

給水所では歩いてしまいます。

これが、今までの練習にはないロスでした。

17km辺りから疲れが出始めました。

1kmごとの標識が遠く感じてきたのです。

「やっと、1kmか・・・」

このなえる気持ちが、体力を奪います。

さらに、首の後ろが痛くなってきました。

これは、今までにない症状です。

ずっと下を向いて走っていたせいだと思います。

どこかが痛くなるというのは、気持ちに焦りがでます。

痛みがピークになることに、不安を覚えるのです。

折り返し地点にはチェックポイントがあります。

靴の紐につけた、計測チップを自動的に感知してくれます。

「ピー」という甲高い電子音に認められ、無事通過しました。

ゆっくりですが、まだ走れています。

「さぁ、ここから!」

という気持ちでしたが、体はそんなつもりはないみたいでした。

辺りはすっかり明るくなり、暑さがどんどん増していくのが分かります。

これまでの練習での最長走距離は、28kmでした。

ここを越えて、30kmを無事に通過することが次の目標です。

28km地点ではまだ走れていました。

首の後ろはどんどんつらくなってきます。

給水所で、首に氷水をかけて冷やしました。

首から水をかけると、Tシャツに水が流れ、

その水をTシャツが吸ってしまいます。

汗で重くなっていたTシャツがさらに重くなりました。

他のランナーがみんな、袖なしのランニングシャツを着ている意味がわかりました。

速乾性のTシャツでも、袖があるだけで水を吸う量が違います。

その後も、首や頭から水をかぶる度に、Tシャツの重みに絶えなければいけません。

走っているとある程度は蒸発するのですが、走り出す時に重いのがつらい。

今までなかった、肩までこってきました。

足や股関節の痛みを気にしていましたが、まさか首や肩の痛みに悩まされるとは。

やってみないと分からないものです。

30km地点を、超スロースピードで何とか通過しました。

「次の給水所で、ビタミン剤を飲もう」

灼熱の太陽に照らされ、僕の目標はもうそれしかありませんでした。

32kmくらいの給水所で、持っていたアミノ酸のビタミン剤を飲みました。

これがよく効きます。

すっと、足の疲れが取れたような気になりました。

「よし、走るぞ」

と、気合を入れたのもつかの間。

数百メートルで、歩いてしまいました。

ガクンッと体力が落ち、力が入らなくなったのです。

残り、あと約8kmの地点は山の中でした。

前半と後半に山のアップダウンがあります。

坂道は練習していましたが、さすがにここへきての坂道は歩いていました。

予定よりもだいぶ遅れそうです。

ゴールで待ってくれている妻に電話しました。

「あと、1時間はかかると思う」

それだけ伝えました。

ここからが、暑さと、体力との戦いでした。

暑いだけで、歩いていても息が上がります。

「走らなきゃ、走らなきゃ」

グッと目をつぶり、一歩一歩、走り出しました。

頭の中では、

「つらくない、つらくない、つらくない」

と、呪文のようにとなえていました。

「つらいのは気のせい」

のはずです。

給水所が見えたと思いました。

見えたように、見えただけでした。

そこに給水所はなく、心が折れそうになります。

それでも、まだ、

「つらくない、つらくない」

と、言い聞かせて走りました。

やっとたどり着いた本物の給水所で、力尽きそうになりました。

これでも、まだ36km辺りです。

給水所で、頭や首に氷水をかけ、顔や足にもかけました。

気持ちがいい。

靴の中は水でグチュグチュになって気持ち悪いですが仕方ありません。

カップの水を両手にもって、歩きました。

座り込みたいのを我慢して歩きました。

歩いていても、走り出す気にはなりません。

後ろから、ペタペタと靴の幅ほどの歩幅で走る人に追い越されました。

「そうか、このペースでも歩くよりは速いのか」

と、同じようにペタペタと走りましたが、歩くよりも断然つらい。

それすらも長くもちませんでした。

あとたった、5kmがむちゃくちゃ遠いのです。

練習では、ふらっと行って帰ってくる距離です。

5kmが4kmになっても、嬉しくありませんでした。

まだ、4kmもあるからです。

残り約3kmの給水所前ではなんとか、ペタペタと走っていました。

すると、給水所のボランティアの人が、両手に水を持ってこっちに走ってきてくれます。

身体に水分がたっぷりあれば、きっと泣いていました。

それくらい嬉しかったです。

給水所がなければ、このマラソンは絶対にゴールできませんでした。

それくらい、重要なものだと思い知りました。

ほとんどの方がボランティアでされています。

本当に、感謝、感謝です。

最高の優しさに触れても、やはり体は思うように動いてくれません。

残り2kmでも、走ることができませんでした。

最後の数百メートル。

「最後くらいは走ろう」

と思い、足を出しました。

(あと一歩、あと一歩、一歩)

もう頭の中では何も考えられません。

ゴールで妻が待っていてくれるはず。

それだけが、頭にありました。

ゴール正面の最後の直線に入りました。

妻はきっと、どこか側道にいるだろうと思っていました。

その直後、僕を呼ぶ声が正面に見えました。

ゴールの真下にいたのです。

どうやって入ったのでしょう。

顔にはなぜか、タイの国旗がペイントされています。

普通は日本の国旗でしょ、と思うのですが。

その顔を見て、なぜかホッとしました。

スタッフの人に完走メダルをかけてもらって、靴についたチップを外してもらいました。

「終わった」

「やった」という気持ちはありませんでした。

とにかく、

「やっと、終わった」

これが素直な気持ちでした。

正式なタイムは、6時間8分38秒。

満足なタイムではありませんが、人生でやりたかったことを一つ達成しました。

「これが、フルマラソンか」

また一つ、小さな引き出しが増えました。

p.s.
書けばキリがないないくらい手伝ってくれた妻に、感謝。


スタート前の緊張の時

最後の直線

ほとんど走れていません

振り絞った笑顔も限界でした

全身ビショビショ

夏が一つ、終わった。

タイの国旗な妻
2013-06-14 | 記事へ |
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